障害のあるお母さんに育てられた僕らの共通点・前編「小学校時代、友達の反応が……」

こんにちは、株式会社ミライロ 広報部 部長の岸田奈美です。

突然ですが、私の家族には、車いすに乗っている母・ひろ実と、ダウン症で知的障害のある弟・良太がいます。(母もミライロで講師として働いていて、私よりも入社は後というちょっとおもしろい状況)

左が私(奈美)、右が母(ひろ実)

今回は、私と同じく「障害のある母を持つ、健常者」である、安藤一成(あんどう かずなり)くんと、“あるある”話をしてみました。

左が安藤くんの母(美紀さん)、真ん中が聴導犬・アーミ、右が安藤くん

 

安藤一成くんのプロフィール

手話パフォーマーとして専門の勉強をしながら、手話歌のパフォーマンスや作詞作曲を行う。母はNPO法人MAMIE代表・安藤美紀(あんどう みき)さん。美紀さんには聴覚障害があり、聴導犬・アーミと一緒に暮らしている。現在、美紀さんは大阪、一成さんは横浜で別々に住む。美紀さんが講演の際は同行して手伝ったり、親子でイベントに登壇したりすることも多い。

「偉いね」と、周囲から言われ続けた幼少期

奈美)
えーっと、こうやってじっくり話すのは初めてですね。(実際はお互いバリバリの関西弁でしたが、読みやすいように標準語で書きました)

一成)
お互い、境遇が似ていますよね。

奈美)
共通点は「お母さんに障害がある」「お母さんと一緒に仕事をしている」かな。なんか、探したらもっとありそうですけど……。

一成)
うん、そんな気がします。

奈美)
やっぱり、周りの人たちから「お母さんのことを助けて、偉いねえ」って言われて育った?

一成)
いきなり突っ込んだ話しますね!(笑)

奈美)
いやあ、これめちゃくちゃ言われるんですよ。でも私の中でずっと違和感があって、気になってて……同じ境遇の人がいたら聞いてみようと思ってたんです。

一成)
それ、わかります。母に障害があるからって、特に苦労をしたり、悩んだりしたことって無いんですよ。

奈美)
そう!自覚しないで努力していたってケースもあるかもしれないけど、どうもそんな感じもしなくて、ごく普通に暮らしてるだけというか……。偉いねって言われたら、一応、ありがとうございまーすって感じで受け取るんだけど。

一成)
そこは受け取るんですね。

奈美)
もらえるもんはもらっておこうという、貧乏人思考です。

小学校では、自分よりも母の方が人気者だった

一成)
知らない人が僕らを見た時に「障害がある家族がいることで、苦労しそう」って想像するのかもしれませんね。ずっと付き添っていなくちゃいけないとか、白い目で見られてしまうとか。

奈美)
例えば学校でいじめられたり、とか? うーん……一成くん、お母さんのことで、いじめられたことありました?

一成)
いや、まったくありませんでした。

奈美)
私もです。じゃあ、恥ずかしいとか、嫌な思いをしたとかは?

一成)
無いですね。むしろ小学校では、僕より母の方が人気者でした。

奈美)
わあああぁぁぁぁ!(手を叩いて爆笑する)
やだっ!それ!それ、うちのお母さんも!私より人気者だった!

一成)
母はプロの漫画家として活動していたので、とても絵が上手いんですよ。だから授業参観とか運動会とか、母が行事で学校に来る度に、僕の友だちに絵を描いたり漫画を見せたりしてあげていて……。

奈美)
それはどう考えても人気者になるよね。最強。

一成)
「一成の母ちゃん、絵うまい!すげえ!」って評判でした。みんなも母によく話しかけようとしてくれたので、僕が友だちに「耳が聞こえないから、トントンって身体に触ってね」って教えていました。

奈美)
なるほど。障害のあるお母さんについて、話に触れていいのかわからない……っていう、友だちからの気まずい遠慮も無くなったわけですね。

一成)
はい。とにかく母がいることで、学校も楽しかったっていう記憶があります。今思えば、僕が母のことでいじめられたりしないように、母が努力してくれたのかなとも思います。

奈美)
私の母も、小学校では人気者だったんですよ。その頃はまだ、母が病気をする前だったので、障害者ではなかったんですけどね。下の学年に知的障害のある弟が入ってきてから、母の人気が爆発しました。

一成)
爆発って!(笑) どんな風にですか?

奈美)
とにかく母は、知的障害がある弟が周りから怖がられたり、いじめられたりしないようにって考えていたらしくて……それで行き着いたのが「まずは自分(母)が人気者になって、みんなに弟のことを知ってもらう」だったみたいです。

一成)
それはすごいですね。

奈美)
小学生の低学年って、とにかく大人に話を聞いてほしい子も多いじゃないですか?「道に大きな石落ちてたよ〜」とか「今日授業であてられたよ〜」とか。

一成)
うん、うん。そうですよね。

奈美)
母は弟が入学してから2年くらい、ずっと登校班の付き添いとかやりつつ、そういう話をどんどん聞いてたみたいですよ。そしたらみんな、「岸田くんのおばちゃ〜ん!あのね、あのね!」って、我先にと群がってくるようになってきたらしくて……。

一成)
群がってくる。(笑)

奈美)
最終的に「岸田くんのおばちゃんと喋りたいから、岸田くん(弟)と遊ぶ」という状況から、みんなが弟のことをいっぱい知ってくれて、仲良くしてくれました。小学校では、弟は特別支援学級に入ってたんだけど、友だちのおかげで休み時間は普通学級で遊んで過ごしたり、運動会や音楽会の行事も一緒に楽しく出たりしていました。良い子たちばっかりだったなあ……。

一成)
めちゃくちゃ良い話じゃないですかぁ……。

奈美)
当時は私も子どもだったんで、その凄さがわからなかったんですけど。今になるとやっぱり「お母さん、すげえな!」って思いますね。

とにかく母はめっちゃ頑張っていた

一成)
奈美さんのお母さんも一緒だと思うんですが、僕の母の場合も「障害があるから助けて」とか「かわいそうって思われたい」とかっていう感じが全然なかったんですよ。同情じゃなくて「自分から受け入れられる努力をしている」というか……。

奈美)
そう!そうなんですよ!お母さん、めっちゃ頑張ってるんです。自分に障害があるとか、子どもに障害があるって、しんどいことも多いと思うんですけど、そのしんどいことがどうすれば良くなるかを常に考えて、常に行動しているんですよね。

一成)
僕の母も耳が聴こえないことで、、いっぱい苦労したと思うんです。やっぱり「聴者」と「ろう者(生まれつき耳が聴こえないか、言語を身につける幼少期に聴力を失った人)」は、少し文化やコミュニティも違うところがあるので。

奈美)
そうですよね。

一成)
母は全く耳が聞こえないんですが、手話だけじゃなくて、口話で話すこともできるんです。でも、聞こえない状態で正しく発生するってとても難しくて。それで、母は祖母(美紀さんのお母さん)と発声練習をしていたそうです。

奈美)
美紀さんと何度も話したことがありますが、めちゃくちゃ聞き取りやすくお話されていますよね!

一成)
あの発声ができるようになるまで、厳しい練習があったみたいですよ。めげずに続けた母もすごいけど、祖母もすごいなあって思います。

奈美)
美紀さんが社会に出た時、より多くの人と話せるようにって考えられたのかも。そうすると、母だけじゃなくて、周りの人の努力もすごいですよね。

一成)
そういう姿を間近で見てきたから、「障害があること」をあまり悲観的に感じないようになったのかもしれません。「障害があるから苦労かけてごめんね」とかも、母から言われたことないし。僕の記憶では、母はいつも笑顔でした。

奈美)
そうですよね。じゃあお母さんはまったくしんどい思いをしなかったのか、と言われればそうじゃなくて。間違いなくしんどかったんですよね。私たちの前では諦めなかっただけで。

一成)
母の講演では、過去の苦しかった気持ちとか本音とかも話してるのを聞くんですけど……。

奈美)
うん。

一成)
僕、毎回号泣しちゃうんですよね。

奈美)
あーーー!(笑)
わかる。私は、お母さんの講演を聞いて泣いてる人を見て、泣く。

一成)
「何回も聞いてるはずの息子がなんで泣いてるの!?」って、引かれちゃう。

奈美)
息子だからこそ泣くんだよ!って感じですね。

母がとにかく良い人、自分はそうじゃない

一成)
ところで、ひろ実さんってめちゃくちゃ良い人じゃないですか?

奈美)
めちゃくちゃ良い人です。

一成)
優しいし、明るいし。僕の母も、いつもひろ実さんと会えるのを楽しみにしていますよ。

奈美)
それを言うなら、私のお母さんは「美紀さんはやっぱり素敵な人だあ……」ってつぶやきながら、美紀さんへのFacebookメッセージを返してますよ。美紀さんも、優しいし、明るいし。

一成)
どこに行っても、色んな人が母を好いてくれているなー……っていうのがわかるんですよ。

奈美)
私もめっちゃ言われます。「奈美ちゃん偉いね」と言われてもポカーンだけど、「お母さん素敵だね」って言われると、全力で頷く。そりゃそうでしょうよ、と。

一成)
わかります。なんか、全部がすごいんですよね。

奈美)
そう。それ。全部がすごい。

一成)
僕の母は、とにかく心が広い人だなあって思います。受け入れる力が半端ないと言うか……。講演の時は特に思います。耳が聞こえなくても、手話と話術で一生懸命、会場を盛り上げるんですよ。「私の話を聞きにきてくれてありがとう、楽しんでもらいたい!」っていう気持ちが、全身から溢れてる。

奈美)
芸人でもないのに大勢の前で話して笑いを取るってめっちゃ難しいと思う。そういう、ほとんどの人にできないことを、障害のある美紀さんや私のお母さんはやってるわけだから、すごいですよね。

一成)
そう。しかも、原動力は自分のためって言うか、聞きに来てくれるみんなのため、って感じのところが特に……。

奈美)
さっきも言ったけど「かわいそう」って雰囲気が全くないんですよね。

一成)
明るくて、楽しくて、そして他人にめっちゃ優しい。僕の母も、ひろ実さんもそうですね。

奈美)
私のお母さん、講演が終わるととんでもない人数の方々からFacebookのメッセージやメールが届くんですよ。それこそ、多かったら100件とか。それを毎晩、深夜までかかっても、丁寧に一通ずつ返していて……。面倒くさいとか眠いとかそういう雰囲気も全くなくて、一生懸命心を込めてやり取りをしているのを見て、ひたすら「すげえ」って思いました。

一成)
そう。息子の立場からこんな言い方するのも変ですけど、とにかく謙虚、なんですよね。母は省庁から“委員”とか“先生”とか、それなりにすごい肩書で呼ばれることもあるんですけど、偉そうにしてるなあって振る舞いは一度も見たことがなくて。皆さんにお礼を伝えたり、積極的に自分から学んだりすることを欠かしていないです。

奈美)
私のお母さんも、何百回も講演しているのに、いつでも素直で謙虚です。いや、これ、やっぱり子どもから言うって変な感じしますね!(笑) かと言って、これ以外に言葉が見当たらない。

一成)
すごいなあって思う一方、僕にはできないなあ……とも思っちゃいます。

奈美)
それ。それですよ。娘とは言え、自分はあそこまで良い人じゃない自覚がある。

一成)
ああ、よかった。これも共通認識だった。

奈美)
この、こじれた劣等感が通じて嬉しい……。

一成)
母の背中を見てたら、母みたいな良い人になりたいなっていう希望はあるんですよ。希望は。

奈美)
うん。わかる。希望はある。でも、なれない。「あんなに素敵なお母さんなんだから、娘さんはさぞかし立派な人なんだ……」って期待されてるんじゃないかと思うと、ぶっちゃけ恥ずかしい。やめて!そんな目で私を見ないで!って叫びたい。

一成)
考えすぎでは?(笑)

奈美)
いやー……どうでしょう。私はかなりわがままで、イライラしたら態度に出るし、口も悪いし、眠い時は自分を優先してサッサと寝ちゃうこともある。そういう自分と母を比べると、確実に母より良い人ではないなあって思ってしまう。

一成)
僕だってそうですよ。でも全部同じにはなれないから、せめて母に一つだけでも近づきたいって思うんです。僕の場合は「初心を忘れない」っていう姿勢かな。これからどれだけ偉くなったとしても、周りへの礼儀や心づかいは忘れちゃいけないって思います。

奈美)
確かに。近くにいると劣等感はあるけど、その分、お手本を何度も見られるから忘れないっていうのは良いことかも。

後編はこちらからお読みいただけます!

岸田 奈美Nami Kishida

株式会社ミライロ 広報部長

12歳の時にベンチャー企業を経営する憧れの父親が心筋梗塞による突然死し、17歳の時に母親(岸田ひろ実)が過労による大動脈解離に罹り緊急手術。後遺症で下半身麻痺・車いす利用者となった母が生きやすい社会へと変えることを目標とし、株式会社ミライロに創業メンバーとして加わった。現在は広報部長を務め、数多くのメディアで経営理念である「バリアバリュー(障害を価値に変える)」を広めることに成功。