皆さん、こんにちは!ミライです!
今回は聴覚障害のある講師・薄葉さんに「人工内耳をつけて、音のある世界に戻って気づいたこと」を聞きました!障害のない人もぜひ読んでください♪

今回は後編です!
前編はこちら

 

登場人物

 

ココロとミライのイラスト
ミライ(右)

薄葉
ユニバーサルマナー講師 薄葉ゆきえ(聴覚障害、人工内耳装着者)

 

目次


前編はこちら

声でしか伝わらない情報も存在する?
『不要な』音声情報も拾ってしまう補聴機器
聞こえること=良いこと、とは限らない
10年ぶりに、音のある世界に戻って
最後に

声でしか伝わらない情報も存在する?


薄葉
実は声に関連して、もう1つ気づいたことがあるんだ。声が聞こえるようになったことで、話をしている相手の心の機微や感情の変化に気づきやすくなったんだよね。だから、聞こえていなかった時は、声から伝わる感情のようなものが正しく伝わっていなかったのかもしれないなってあらためて感じたよ。

ミライ
聞こえない人は、UDトークのような音声を文字変換するアプリを見て相手の話を理解することが多いと思うけど、話し手の口調や、口調から伝わる感情はアプリに表示されないから、文字だけ見ていると相手の感情が伝わりにくいものね。

薄葉
最近では音声を文字化するツールやシステムも進歩していて、例えば、会議やオンライン講義で使っているzoomの字幕表示機能は、話し手の笑い声も表示されるから感情が伝わりやすくてすごく良いなって思うけど、人の印象を左右するちょっとした聴覚情報はまだ足りていないのが現状だよね。聴覚情報が入ってこないと、視覚情報優位になるわけだから、結果的に文字で伝えられた情報や相手の表情や立ち居振る舞いだけで物事を判断することが多くなったりする。

ミライ
今後、感情も伝わるようなデバイスが開発されるといいね!

薄葉
そうだね。聴覚障害のある人もさまざまだから物事の感じ方も違うし、コミュニケーション方法も人によって違うから一概には言えないんだけど、私の場合は、文字だけでコミュニケーションを取ると相手の感情の変化に気づきにくかったり、気づくのが遅れたりして、コミュニュケーションを行う上で大事な情報取りこぼしが起きてしまっているんだなって感じた。声で伝わる感情が分かるようになって、人との感情的な繋がりや絆が強まった気がするな。

ミライ
そういう意味では、手話は言葉だけではなく感情も伝わるね!

薄葉
そうそう。手話でのコミュニケーションは、聞こえる、聞こえないにかかわらず、感情が伝わりやすいんだなって実感したよ。

 

 『不要な』音声情報も拾ってしまう補聴機器


ミライ
人工内耳を使って便利になったり、声で相手の感情をくみ取りやすくなったことは理解したけど、逆に、少し聞こえるようになったことで不便だと思ったり「これは聞こえなくてもよかったんだけどな~」って、違和感を覚えたことはあった?

薄葉
あったかも。人工内耳をはじめとする補聴機器は、色んな雑音も拾ってしまうんだよね。例えば、雑踏の中で誰かと会話をしている時に、周囲の雑音が話し声に被さってくる感じで聞き取りにくさを感じることは多いよ。裸耳とは違って、補聴器や人工内耳は音の取捨選択が難しい特性があるんだ。だから、聞こえるようになって便利さを感じている反面、人工内耳が拾ってしまう雑音はいらないのになって思った。

ミライ
なるほど。補聴機器を使って聞こえていても、聞き取りにくさが起こってしまう理由の1つだね。今後より進化して、補聴器や人工内耳の機能が改善されていくといいね。そういえば人の脳は、雑踏のようなうるさい環境にいても、自分が関心のある音声情報は選択的に聞き取ることができるよね?

薄葉
カクテルパーティー効果のことだね。

カクテルパーティー効果(コトバンクから引用)
周囲の環境のうち、自分に必要な事柄だけを選択して聞き取ったり、見たりする脳の働き。カクテルパーティーの騒音の中で、会話をする相手の声だけを判別できるような選別能力をいう。

ミライ
でも聴覚情報が得にくい一部の人にとっては、そうした脳機能が働きにくくなる傾向があるんだっけ?

薄葉
そうなの。聴覚障害が進行するとカクテルパーティ効果が弱くなったり、機能しなくなると言われているから、元々の機能的な聞こえにくさに加えて、喧噪の中では選択的注意も働きにくくなるんだよね。

ミライ
そうか。聴覚障害のある人は、いろいろな条件が重なって、聴覚情報を得にくくなるものなんだね。

 

聞こえること=良いこと、とは限らない


薄葉
それとね、つい先日のことだけど「この音は聞こえなくても良かったな」って思う出来事があったの。混雑した時間帯に駅の階段を上っていた時のことなんだけど、私の近くに自分のペースでゆっくりと階段を登っている高齢者がいたのね。そうしたら、高齢者の後ろにいた人が前を塞がれていることにいら立ったのか、鋭い舌打ちしたんだよね。10年ぶりくらいに「ちっ」っていう舌打ちを聞いて、びっくりしちゃった!

ミライ
急いでいてついイライラしちゃったのかな。残念だけど、ごくたまに街中で舌打ちする人はいるよね。

薄葉
聞こえない時はずっと忘れていたんだけど、舌打ちって、思った以上に音が通るんだよね~(笑)。私の他にも「なんだろう?」って振り返っている人が何人かいた。舌打ちしないで「通してください」と言葉で伝えるか、高齢者を迂回して階段を昇ればいいのにって、すごく残念に思っちゃった。聞こえてくる音声情報のすべてがポジティブなモノとは限らないってことを、音のある世界に戻って久々に思い出したよ。

ミライ
音声で自然とその人の感情や人柄が伝わっちゃったケースだね。そういう人にこそ、ユニバーサルマナー検定をお勧めしたい!

薄葉
そうね。どんなに素敵な人でも、音声1つで印象が下がってしまうこともあるからもったいないし、自分も気をつけようって思ったよ。

ミライ
『無くて七癖』って言葉の通り、人って意外と癖があるものだし、癖だからこそ無意識なんだよね~。ミライも気をつける。

 

10年ぶりに、音のある世界に戻って


ミライ
最後に1つ聞いてもいい?人工内耳を装着して1年4カ月、あらためて振り返ってみて、今はどんな感じ?

薄葉
人工内耳を装着して音のある世界に戻って、音声情報の利点や大切さを再確認できたかな。反面、自分にとってネガティブな音声情報の存在に気づいてしまうこともあった。今日、ミライと話をして、今後は音のある世界とうまく共存していかないとな~って、あらためて思ったよ。それと、人工内耳を装着していても聞こえにくさは残るものだから、人工内耳装着者であっても生活する上で情報保障は必要なんだよね。例えば、手話や文字などのコミュニケーション手段や、視覚や触感で音声情報を取得できるデバイスなど、さまざまな方法やツールを自分に合った最適な組み合わせで活用することが、聴覚障害のある人の生活の質の向上に繋がるということを日々感じているよ。

ミライ
なるほど。『自分に合った最適なコミュニケーション方法やツールを活用する』。それは、障害の有る無しにかかわらず、皆に言えることかもね。例えば、耳が聞こえていても電話でのコミュニケーションが苦手な人もいるし、目が見えていても文章を読むことが苦手な人もいる。今後も、社会の中でさまざまなコミュニケーションや情報伝達の選択肢が増え続けるといいね!

薄葉
本当ね。ユニバーサルマナー検定でも伝えているように『選択肢』を増やすということが大事だよね。

 

最後に


ここまでお読みいただいた皆さま、いかがでしたか?
今回は、人工内耳を装着し再び音のある世界に戻った薄葉の体験談でした。

声や話し方による印象の変化が興味深かったですね。また『障害の有る無しにかかわらず、自分に合った最適なコミュニケーション方法やツールを活用することが生活の質の向上に繋がる』という言葉が印象的でした。

多種多様なコミュニケーションの選択肢があるユニバーサルな社会は、聴覚障害のある人だけでなく、誰もが生活しやすい社会です。この記事をきっかけに多様なコミュニケーション方法について考えていただければ、うれしく思います。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。
それでは、また次の記事でお会いしましょう!