多様性を輝かせる未来の倉庫「誰にもやさしい倉庫プロジェクト」

日本通運株式会社

日本通運株式会社(以下、日本通運)は、多様な従業員が、働きがい・やりがいを持ちながら、一人ひとりが能力を最大限に発揮できるような職場環境の整備を進めています。

現在、物流現場における人手不足や就労機会の偏りといった課題を解決すべく「誰にもやさしい倉庫(NX Universal Harmonious Work Warehouse)」プロジェクトに取り組んでいます。先進的なロジスティクスロボットや作業補助機器の導入、職場環境の整備を通じて、作業負荷を軽減し、これまで倉庫での就労が難しかった人々のバリアを取り除くことを目指しています。その背景には、深刻化する労働力不足と持続可能な現場づくりへの強い危機感があります。

今回は、プロジェクトの立ち上げ背景と取り組みの全容について、事業開発部門の皆さまにお話をうかがいました。

(イメージ画像)多様性を輝かせる、未来の倉庫「誰にもやさしい倉庫」

 

物流業界は「共通課題」に直面

聞き手

今回のプロジェクトを始動するきっかけになった業界全体の課題について教えてください。

現場の課題をイラストで掲載。企業側の課題は、完全自動化が難しくピッキング作業は「人的作業に依存」している。従業員の課題は、1日2万歩近い長時間歩行や立ち仕事による「身体的負担が大きい」

 

物流業界は、今や単なる人手不足を超えた構造的な課題に直面しています。

まず慢性的な人材不足。物流業界全体で有効求人倍率は2倍以上と非常に高く、必要な労働力を確保することが困難な状態が続いています。さらに、作業スタッフの年齢も年々上がってきている状況です。

そこに追い打ちをかけているのがeコマースの急拡大でこれまでの人員体制では対応しきれない状況に陥っています。将来的にも倉庫内スタッフなどの労働力不足は大きな課題です。

加えて、企業には障害者の法定雇用率の引き上げという社会的要請も迫っています。2026年7月には、法定雇用率が2.5%から2.7%へ引き上げられる予定であり、物流業界にも多様な人材を受け入れるための仕組みづくりが求められています。

これらの課題は企業ごとの努力だけでは乗り越えがたく、業界全体で共有し、解決策を模索するべき構造的課題と言えます。

倉庫現場の人的依存と身体的負荷

聞き手

物流倉庫における現場の課題についても教えてください。

現場の課題をイラストで掲載。企業側の課題は、完全自動化が難しくピッキング作業は「人的作業に依存」している。従業員の課題は、1日2万歩近い長時間歩行や立ち仕事による「身体的負担が大きい」

物流倉庫では自動化が進んでいる拠点はまだまだ一部で、依然として人手に頼っているのが現状です。倉庫規模や取り扱う商品の形状や扱いの複雑さ、コスト面の課題もあって完全自動化が難しく、現場の多くが人的作業に大きく依存しています。

その一方で、従業員にかかる身体的な負荷は決して軽くありません。1日に約2万歩もの移動をともなう作業や、長時間にわたる立ち仕事によって、肉体的な疲労や蓄積される負担が慢性化しているのが実情です。

こうした状況は、従業員の離職リスクや稼働率の低下を招くだけでなく、本来働ける可能性のある人材が、継続して働くことが難しい環境を生み出す要因となっています。

だからこそ今、必要なのは「誰もが長く働き続けられる仕組み」を物流現場に取り入れることです。それは単なる作業効率の向上にとどまらず、持続可能な雇用環境の構築につながる、大きな一歩となります。

「誰にもやさしい倉庫」プロジェクトとは?

聞き手

誰にもやさしい倉庫プロジェクトの概要について教えてください。

車いすに乗りながらピッキング作業をしている従業員のイラスト画像

本プロジェクトは、先端技術と環境整備を組み合わせることで、多様な人材が活躍できる新たな倉庫のあり方を再定義しています。

近距離をカバーするモビリティを開発する企業やユニバーサルデザインの専門家であるミライロと連携し、実用性と持続可能性を兼ね備えた仕組みづくりに取り組んでいます。

この取り組みの特徴は「障害のある方の経験や視点」を起点に、現場に潜むバリアを可視化し、その気づきをもとに誰もが働きやすき職場環境作りや技術、制度を構築していくアプローチにあります。

誰かのための特別な配慮ではなく、多様な働き手が自然に力を発揮できる環境を共につくることが、本プロジェクトが目指していることです。単なる人手不足の対策や効率化にとどまらず、物流現場の人材課題を根本から見直す新たなアプローチとして、いま広く注目を集めています。

「無理をしていた人」「無理だと思っていた人」も長く働ける職場へ

聞き手

誰にもやさしい倉庫プロジェクトが実現したいことは何ですか?

BeforeとAfterの比較画像。Beforeは、障害のない人や高齢の人が働いている人は少し無理をして原いている。体力に不安のある人や障害のある人は働いていない。Afterは、障害のない人や高齢の人がより長く働ける。体力に不安のある人や障害のある人は新たな人材確保につながる。

従来の物流倉庫では、身体的な負担の大きさから、高齢の方や障害のない方であっても「多少の無理をしながら働く」ことが当たり前となっていました。一方で、体力に不安のある方や障害のある方など「働くことは難しい」と感じていた人たちには、そもそも就労の機会が確保されてこなかったという課題がありました。

本プロジェクトが目指しているのは、こうした働き方の構造を根本から見直すことです。無理をしながら働いていた方には、より快適に、より長く働ける環境を、そして、これまで働くことをあきらめていた方には、新たな選択肢としての就労機会を提供します。

つまり、働ける人の裾野を広げると同時に、今すでに働いている人も無理なくパフォーマンスを発揮できる、すべての人にやさしい仕組みの実現が本プロジェクトのゴールです。

潜在的な就労意向は「54%」も存在

聞き手
プロジェクトを進めるうえで取り組んだことを教えてください。

アンケート結果のグラフ。倉庫での就労経験がある18%。倉庫での就労意向がある32%。理想的な倉庫での就労意向がある54%

プロジェクトの始動にあたり、障害のある方が物流倉庫での就労にどの程度、関心を持っているのかを把握するため、ミライロに市場調査を依頼し、就労意向に関する実態を明らかにしました。

2024年3月に実施した「障害がある方の倉庫における就労実態調査」によると、現時点で倉庫での就労経験がある方はわずか18%にとどまっていました。

しかし注目すべきは、その就労意向の高さです。「倉庫で働いてみたい」と回答した方は32%、さらに「バリアの少ない理想的な倉庫であれば働きたい」と答えた方は、実に54%にのぼりました。

つまり、この調査結果が示しているのは「働きたい」と考えている障害のある方が確かに存在し、環境が整えば多くの方が実際に働く意欲を持っているという事実です。

「理想的な倉庫」を構成する5つの条件

聞き手
理想的な倉庫とは、具体的にどのような条件を備えているものですか?

では、その理想的な倉庫とはどのようなものか。調査結果から導き出された主な条件は、次の5つです。

<理想的な倉庫の条件>

1.    自宅からアクセスしやすいこと
2.    業務内容について相談ができること
3.    物理的・制度的に環境が整備されていること
4.    理解のある職場であり、支援体制があること
5.    作業環境を個別に調整できること

※アンケート結果は「下肢障害がある方」の調査結果を引用

こうした条件を実現するために、日本通運ではハード面とソフト面の両面から包括的な取り組みを進めています。

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※WHILL社提供
※「作業用電動モビリティ」は日本通運とWHILL社の開発

まず、物理的な環境整備においては、ミライロによるユニバーサルデザイン調査を実施。倉庫内のバリアを把握し、改善に向けた具体的な提案を受けながら、現場の見直しを行いました。

さらに「理解ある職場文化の醸成」も不可欠であるとの考えから、従業員はミライロが主催するユニバーサルマナー検定(3級・2級)を継続的に受講し、多様な働き手への理解を深めています。

加えて、作業環境の個別調整においては、ミライロのネットワークを活用し、障害がある当事者の声を丁寧にヒアリング。実地調査の結果をもとに、作業用電動モビリティの開発や倉庫内の動線設計の改善など、当事者の視点に基づいた職場づくりを進めています。

このように、ミライロとの連携によって、ハード・ソフト両面から誰もが安心して力を発揮できる倉庫の実現に向けた取り組みを着実に進めています。

ミライロとの取り組みは常に新たな気づきがある

聞き手
ミライロとの取り組みを通じて、感じたことがあれば教えてください。
車いすに乗っている人をサポートしている写真とキャッチコピーあらゆる人が働ける環境づくりを目指す

ミライロからいただく知見は、私たちに常に新たな気づきをもたらしてくれます。例えば、これまで物流現場ではあまり注目されてこなかった障害のある方への就労意識について、ミライロの調査を通じて「就労意識が54%もある」という事実を知り、私たち自身がこれまで十分に目を向けていなかったことを強く実感しました。

また、現場の課題や障害のある方の視点について具体的にお話しいただいたことで多くの改善ポイントを発見することができ、作業用モビリティの開発や倉庫内動線の見直しなど、ハード・ソフト両面での職場環境整備が大きく前進したと感じています。

さらに、ユニバーサルマナー検定を通じて、「特別な配慮」ではなく「誰もが自然に力を発揮できる環境づくり」という新しい価値観を持つことで現場の「マインドセット」を意識するようになりました。今後も、持続可能で多様性を活かせる現場づくりに向けて、ミライロと共に歩んでいきたいと考えています。

持続可能な誰にもやさしい倉庫づくりを目指して

聞き手
最後にメッセージをお願いします。

誰にもやさしい倉庫プロジェクトは、特定の人に向けた配慮ではなく、誰もが共に働ける当たり前の職場づくりを目指す取り組みです。

これまで働くことをあきらめていた方々の可能性を開くと同時に、すでに働いている人の負担を見直し、より持続可能な就労環境を整える。この視点の転換が、人材の確保・定着・活躍というポジティブな循環を生み出し、結果として企業の生産性と社会的価値の向上にもつながっていくと確信しています。

現在、私たちはこのプロジェクトを社内にとどめるのではなく、物流業界全体の課題解決に貢献するための仕組みとして、外部への展開を見据えた取り組みを進めています。深刻化する労働力不足という構造的な課題に対し、多様な人材が活躍できる持続可能な現場を実現するための新しい選択肢です。
未来の倉庫は、すべての人に開かれた場所へ。誰もが無理なく、そして誇りをもって働ける環境を皆さんと一緒に創っていけると嬉しく思います。

聞き手
本日は貴重なお話をありがとうございました。