「個人の気づき」をビジネスの強みに。

株式会社 日本HP

業種:

メーカー

従業員数:

非公開

株式会社 日本HP(以下、日本HP)は、未来の働き方(Future of Work)を支援する世界的なテクノロジーリーダー、HPの日本拠点です。ビジネスの成長とプロフェッショナルの充実した働き方を促進する、革新的なAI搭載デバイス、ソフトウェア、サービス、サブスクリプションを提供しています。そしてサステナビリティやインクルージョン(包括性)を経営の重要な価値観の一つと位置付け取り組んでいます。

HPでは、主な取り組みの一つとして「BRG(ビジネス・リソース・グループ)」という社員による自主活動をサポートしています。2019年に発足した「ディスアビリティBRG」は7年にわたり、障害のある社員とない社員が共に働きやすい職場環境づくりや社会貢献活動を推進してきました。その活動の延長線上で、ディスアビリティBRGのメンバーが企画・立案し、個人の実体験をビジネスの強みへと発展させる新たな挑戦を行いました。それは、デジタル障害者手帳「ミライロID」と連携したクーポンの導入です。そこからさらに、「ユニバーサルマナー検定」の受講に発展を実施しました。今回の取り組みについて、ご担当者さまにお話をうかがいました。

 (写真)日本HPのエントランス前で撮影。左、武山様、真ん中、土井様、右、島村様<左:ディスアビリティBRGメンバー 武山様 中央:人事部 土井様 右:ワークフォースサービスソリューション事業本部 島村様>

 

個人の体験が「インクルージョンを基盤とした事業活動の推」へ

聞き手

今回の取り組みに至った背景を教えてください。

島村

最初のきっかけは、個人的な経験でした。私が子供を授かった際、その子に障害がありました。生活の中で障害者手帳を利用するようになり、夫から「ミライロID」という便利なアプリがあることを教えてもらいました。使用してみると、「外出の時だけでなく、買い物にも割引が使えるんだ」ということを知りました。当初は自分がその立場になったことに戸惑いもありましたが、「こういうサポートがあるなら活用していけばいい」と徐々にポジティブに考えられるようになりました。育休から復帰後、当社のPC製品でも、「ミライロID」機能を活用すれば障害のある方にサポートを享受していただけるのではないかと考えました。

社内の自主活動団体「ディスアビリティBRG」が中心となって運営・実施している「車いす通勤体験会」や社員のご家族が参加するファミリーデーで実施した「聴導犬ワークショップ」には90〜100名が参加しました。また、AIを活用したデジタル音声図書製作ボランティアを含む社会貢献活動を7年間にわたって続けてきました。しかし、ビジネスとして外部に発信する取り組みは今回が初めてでした。具体的には、社内の関係部署と連携し、自社ECサイト「HP Directplus(ダイレクトプラス)」で利用できるミライロIDクーポンの発行と、ウェブデザイン、サポートを含んだエンドツーエンドの顧客体験の向上への取り組みでした。単なる割引キャンペーンではなく、購入前からアフターサービスまで一貫して「障害がある方の顧客体験」をデザインすることを目指したものです。

(画像)ミライロIDクーポンのサンプル画像

 

研修から2年後も現場に根づく「寄り添う対応」
コールセンターにおける障害のあるお客さま対応の実践事例 ―

聞き手
「ミライロID」クーポンの導入に合わせて、取り組んだ研修について教えてください。
土井

当社のコールセンターでは、ミライロIDの導入と同時に障害のあるお客さまへの対応研修を実施し、その2年後に研修受講者にアンケート調査を行いました。その結果、対応時の意識や行動には明確な変化が定着していることが分かりました。回答者の約3分の2は、1回以上の対応経験あり、と回答。注目すべきは、対応経験の多寡にかかわらず、研修で学んだ姿勢が実践レベルで活かされている点です。

「相手理解・寄り添い」が行動に反映
対応を通じた変化として、特に多く挙がったのは以下の意識です。

  • 相手の状況を意識して対応する
  • 相手のペースに合わせる
  • 不安や困りごとに寄り添う
  • 最後まで話を聞く(傾聴)
  • 言葉選びへの配慮


単なる知識としてではなく、「相手の立場に立つ」行動が現場で自然に選択されていることが、コメントからも読み取れました。

現場で生まれた具体的な工夫
アンケートでは、実際の対応事例も共有されました。

  • 吃音や言語障害のあるお客さまに対し、話を遮らず、クローズドクエスチョンを活用
  • 発話の負担を減らすため、メールやLINEなど非音声チャネルを柔軟に使用
  • 視覚障害のあるお客さまには、最も分かりやすい操作方法に絞って案内
  • 身体的負担を考慮し、一度で必要な情報を収集・提供


これらの事例に共通するのは、「何ができないか」ではなく、「どうすれば負担を減らせるか」を起点に考えている点です。

今回の結果から、障害のあるお客さま対応の研修は、即時的な対応件数の増加だけでなく、長期的に現場の判断基準を育て、経験が少ない状況でも、研修で培った視点が「いざという時の行動選択」を支え、誰一人取り残さないサービス提供につながっています。

グローバル基準の壁を越え、日本で前例のないアプローチを実現

聞き手

導入にあたって、課題や悩みはありましたか?

島村

大きく分けて2つの課題がありました。1つは「ビジネスとしての実績作り」です。これまでの活動は社会貢献の側面が強く、今回のようにコストをかけて外部サービスと連携し、ビジネスとして展開するケースは社内でも前例がありませんでした。そのため、まずは現場の熱意を社長に直接伝えることから始めました。車いす通勤体験会に参加していた社長の岡戸に直接プレゼンをしたところ、「当社でもやろう!」と即断で背中を押してくれたことで大いに勇気づけられました。そしてECサイト運営部門をはじめ、製品部や法務、カスタマーサポートなど様々な部署からも賛同と積極的な協力も得ることができました。

もう1つのチャレンジは、「ウェブアクセシビリティ」でした。グローバル企業として、ウェブサイトの構成やデザインの統一感は重要なポイントです。グローバル本社において定めているウェブアクセシビリティのデザインガイドラインに加え、日本のお客様にとって使いやすいウェブサイトの構築に取り組みました。今回ミライロIDクーポンを導入するにあたり、障害のあるお客さまにとって使いやすいサイトとはどのようなものかについて、ECサイトの責任者、ウェブ担当者、障害のある社員が話し合い、画面の色味やコントラスト、文字のサイズ、バナーの位置や大きさなど、さまざま側面で検証を重ね、アクセシビリティを向上させました。

カスタマーサポート部門では、“Operational Exellence”という方針のもと、日々お客さまの体験を向上するために改善活動を重ねています。日本では、5年前から障害者理解に関する取り組みを通して、サポートサイトのウェブデザインの更新やコミュニケーションツールの充実などに取り組んできました。ミライロIDの導入に当たっては、部門の全員が障害種別ごとのロールプレイを含む研修を受講し、購入後の問い合わせ窓口のデザインのアップデートなど、エンドツーエンドでの体制整備を並行して進めました。

福祉ではなく「バリュー」を生むパートナー

聞き手

ミライロIDを導入した経緯について教えてください。

島村

ミライロの姿勢に、私たちが目指す方向性との強いシンクロニシティを感じたからです。障害支援を単なる「福祉」として捉えるのではなく、そこに新たな「バリュー(価値)」やチャンスがあると考えている点は、私たちが目指すインクルージョン推進の先にあるビジネスインパクトの創造という考え方そのものでした。自治体ごとに異なる障がい者割引制度を統一的なプラットフォームに集約している点も、メーカーとして全国のお客さまに同一のサポートを届けられる仕組みとして非常に魅力的でした。

この取り組みはグローバルからも高く評価されました。アジア地域の拠点であるシンガポールオフィスからは「素晴らしい取り組みだから他国にも共有してほしい」とのリクエストが届き、当時のシンガポールのトップからは「これは他の国でもやるべきだ」という指示が出たと聞いています。日本発の成功事例として注目を集めています。カスタマーサポートにおいても、ロールプレイ実習を経て、障害のあるお客さまへの対応力が格段に向上しました。単なる「割引制度の導入」を超えて、製品購入からアフターサービスまで、すべての接点においてお客さまの体験を向上させる「エンドツーエンド」の価値を提供できるようになったことが、最大の成果だと感じています。

組織の意識が「多様性」から「包括」へ

聞き手

ユニバーサルマナー検定の導入のきっかけを教えてください。

土井

ユニバーサルマナー検定については、、かねてより人事系の交流会で「全社員で導入している」という事例を聞いており、導入機会を探っていました。そんな折に、当社の社長の岡戸がミライロの垣内社長とお会いする機会があり、「バリアバリューの経営」に共感した岡戸から「ぜひ取り組みたい」という話になりました。単に「障害者にやさしくしましょう」を学ぶだけでなく、「多様な視点で物事を見る」というインクルージョンの本質を学べる研修であると確信したことが、選定の決め手になりました。人事総務本部長も「これは多くの人が受けるべき検定だ」と即決し、一気に社内導入へと進みました。

(写真)左側、日本HPの岡戸社長、右側、ミライロの垣内

 

聞き手

ユニバーサルマナー検定の導入後、社員の皆様反応や、組織全体にどのような変化がありましたか?

土井

まず、社員の意識が大きく変化しました。ユニバーサルマナー検定を障害のある社員とない社員が一緒に受講したことで、深い相互理解が生まれました。特に印象的だったのは、聴覚障害の当事者でもあるディスアビリティBRGメンバーの武山が語ってくれた「先入観」のエピソードです。

垣内社長が講義の中で、飲食店で車いすユーザーが来店した際に店員さんが気を利かせて、椅子をはずして車いすのままでテーブルにつけるように席を用意してくれた事例を紹介されました。一見よい配慮に思えますが、「車いすから降りて別の席に移りたい方もいる」という視点もある、というお話です。武山自身は普段から車いすユーザーと一緒に働いているため知っていた視点でしたが、障害のない社員には強く刺さったようで、「配慮する前に、まず相手は何を欲しているかを聞いてみることが大事」という気づきが、受講後のアンケートでも多く寄せられました。

人事総務本部長の岩崎氏のコメント:

「ミライロの研修を通じて、障害がいを持つ方々と接する際は、特別なことをするのではなく、相手の立場を理解し、小さな配慮を積み重ねることが大切であるという意識が社内に広がった点が印象的でした。日々の暮らしや業務で多種多様な方々と関わる機会があります。本研修は単なる知識習得にとどまらず、企業としての姿勢や文化作りにも寄与する有意義な取り組みであると考えています。」

(写真)ユニバーサルマナー検定受講後に社員の皆さんと撮影

 

さらなるアクセシビリティの追求へ

聞き手
今後の展望について教えてください。
島村

障害者手帳割引制度に関しては、今の仕組みをさらにブラッシュアップしていきたいです。現在はミライロID経由でないとクーポンを入手することができないのですが、今後1〜2年をかけて、HPの製品の購入を検討している方に「障害のある方にはこういうサポートがありますよ」と自然に提示できるような導線を作りたいと考えています。

武山

加えて、当社が注力している「AI」の活用にも大きな可能性を感じています。AIの技術を使えば、障害がいがある方々の働きやすさや生活の利便性は飛躍的に向上します。音声読み上げ、翻訳、要約など、これまで誰かにお願いしなければできなかったことをAIが代わりにやってくれるので、障害がいのある方にとっての自由度が格段に広がります。そこで、最新のAI搭載PCや周辺機器、さらには3Dプリンターなどを、実際に障がいのある方々に体験していただくイベントの開催も検討しています。ミライロと一緒に共創の場を作れたら素敵だな、とも話しています。

土井

予測不能で変化の激しい時代は、企業の考え方、さらには人々の考え方にも影響を与えています。その中で、我々HPの社員が自律的に行っているインクルージョンの推進は、だれもが活躍できる組織文化や働く環境作りを支え、ビジネスや自己成長の新たな機会の創造につながると確信しています。本プロジェクトのようにビジネスに踏み込んだアプローチをさらに増やしていきたいと考えています。

また、これから障害者支援の取り組みを検討されている企業の方にお伝えしたいのは、ユニバーサルマナーは単なる「配慮のスキル」ではないということです。それは「誰もが幸せを感じる社会をどう作るか」を考えるための入口となる研修だと思います。私たちも、同じ志を持つ企業の方と積極的に情報交換を行い、この輪を広げていきたいと考えています。

聞き手

本日は貴重なお話をありがとうございました。