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2019年03月29日

東京芸術劇場「視覚障害者のための鑑賞サポート」にモニター参加しました

ミライロ

バリアフリー映画の普及など、障害のある方が文化や芸術を楽しむ機会が少しずつ増えつつある現在。池袋にある東京芸術劇場も、視覚障害や聴覚障害の方向けの鑑賞サポートを行っています。今回、ミライロでは日本ユニバーサルマナー協会の講師として活躍中の金子聡さんとともに、視覚障害者向けの鑑賞サポートにモニターとして参加。そのサービス内容や観劇の様子をレポートします。

写真 『Le Père 父』のポスター

今回、視覚障害者向けのサポート対象公演となったのは、フランス演劇賞最高位のモリエール賞最優秀脚本賞を受賞した『Le Père 父』という作品。日本初演の今作では、橋爪功さん演じるアルツハイマー病の主人公・アンドレの視点から、症状の進行とともに変化する自身や家族模様を描いています。

網膜症色素変性症により中途失明した金子さんは、盲導犬ユーザーです。この日も、相棒のエクルスとともに来館しました。まずは劇場スタッフのアテンドで、今回の鑑賞サポートに申し込まれた十数名の視覚障害のある方々と、舞台説明会へ。

写真 金子さんとエクルス

舞台前方の席に案内され、舞台装置や家具の種類・配置、演出方法といった説明を聞きました。そこでは、テーブルクロスの柄や壁に掛けられた抽象画など、詳細な部分についても紹介がありました。そして舞台上に立ったファシリテーターが歩幅を数えることによって、広さや奥行きのイメージが膨らみ、会場内四隅に立ったスタッフが順番に手を鳴らしたり、床を踏み鳴らしたりすることによって、音の反響から全体の広さが伝えられました。

説明後、「舞台に置かれた椅子の角度はどちらに向いていますか?」と質問した金子さん。椅子の向きが分かると、演技中の演者の立ち位置までイメージできるそう。「ほとんどの会場の障害者席は左端や右端であることが多いですが、その位置から舞台空間を把握するのは結構難しい。今回は事前に説明が受けられて舞台をリアルに感じられてよかった」と、語ってくださりました。

写真 説明を受けるモニター参加者

舞台が本番準備に入ると、一旦ロビーに出て、今度は物語のあらすじや見どころ、出演者の紹介がされました。「演者の服装を事前に教えてくれてイメージがしやすくなった。目が見える人は、服装も見たままですが、私たちはイメージすることでより楽しめるんです」と、金子さん。

写真 音声ガイドの配布の様子

説明会終了後、音声ガイドが配られます。使用方法や音量調整などスタッフがそれぞれ教えてくださいました。

写真 音声ガイドを持つ金子さん

いよいよ上映の時間に。音声ガイドでは、演者の動きや場面転換、演出効果などがナレーションされました。

 

写真 舞台の様子
撮影:引地信彦

 

観劇中、演者のジョークに笑ったり、時折下を向いて考え込んだりと、物語に深く入り込んでいる様子の金子さんでしたが、実際のところどのように感じていたのでしょうか。

「音声ガイドによって深い理解が得られました。これまで、音声ガイドを使っての観劇は何度か経験がありますが、音声ガイドによってかえって混乱するケースもあります。今日の音声ガイドはかなりクオリティが高く、作り手と聞き手のギャップがなかったと思います」。

写真 感想を語る金子さん

音声ガイドは演劇とのバランスが重要だと語る金子さん。「必要以上に説明が多くなると、『何か特別な意味を持ってるのではないか』と考えてしまってこちらも混乱してしまいます。過剰に説明しすぎず、想像する余地をある程度残してもらいたいというのは、目の見える人の観劇の仕方と全く同じだと思います」。

写真 金子さんと担当者の意見交換

その後、東京芸術劇場の教育普及担当者との意見交換が行われました。東京芸術劇場では、障害者向けの鑑賞サポート公演を5年ほど前からスタートし、演劇では年に3~4本程度の作品で催しているそうです。

「より多くの方にこのサービスを利用していただくために試行錯誤を繰り返しています。最近では、視覚障害のある高校生たちにモニターとして公演を鑑賞してもらい、感想を聞いたりしています。例えば、音声ガイドが『~に思われます』と言ったときに、それはガイド側の主観なのか、客観的な事実なのかというところに引っかかったという意見がありました。人によってガイドの主観を楽しんで観ている人もいますし、主観に寄りすぎると違和感を持つ方もいます。こちらとしても新鮮な意見で、そのバランス感覚は新たな課題として取り組んでいるところです」という教育普及担当者からのお話に、

「音声ガイドは大きな可能性に満ちています。厳格にルール化するのではなく、もっと自由なものになっていいんじゃないでしょうか。人によって、障がいの程度も違えば観劇経験も違うので丁度いい塩梅が難しいですよね。だからこそ、当事者がどのように感じるかということを、こちらから作り手側に伝えられるような開かれた環境が必要だと思います」と、金子さん。

写真 担当者と話す金子さん

「イギリスではこのようなサービスが当然になっているので、演劇では公演前に役者さんが舞台説明会に率先して出てきて、『私は○○役の○○です』と本人が言ってくれるそうです。そうすると、視覚障害者の方もすごく分かりやすい。当劇場でも今後そういった取り組みに挑戦して、もっと楽しさを提供できればと考えています」という教育普及担当者の話に、金子さんは「僕たちが行ってみたいと思うのは、もちろん作品の魅力もありますが、『あそこのアテンドが良かった』とか『あそこで観劇したら楽しめた』という同じ視覚障害者の口コミの影響が大きい。でも、作り手側にすべて任せるのではなくて、僕たちの方からも『もっと面白いものが観たい』と積極的に関わっていくことが必要ですね」と、意見を伝えられました。

「日本の福祉サービスが遅れているのは、社会における障害のある方への意識の低さが挙げられる。イギリスではすべてのニュース番組に手話がついているけれど、日本ではほんの一部に留まっている」と、広報担当者のお話も。金子さんが言うようにサービス提供者と障害者、双方が歩み寄り、当事者にとってより良いサービスをつくっていくとともに、社会全体でも今いちど、本当の意味での“ユニバーサルデザイン”の在り方について考える必要があると感じました。

この日に開催された「視覚障害者のための『舞台説明会』」の様子は東京都歴史文化財団のウェブサイトでもご覧いただけます⇒https://www.rekibun.or.jp/art/reports/20190322-15240/